Imperial College LondonでPublic Healthを学ぶ: 修士留学編①

はじめに

こんにちは。現在スペインの研究機関で、PhD(博士後期課程)留学をしております手嶋文香と申します。2021年にImperial College LondonのMaster of Public Healthを修了し、スペインでPhDの機会を得たため移住しました。私が海外大学院受験をした時にも、いろんな方々に助けていただいたので、これから留学を目指す方々へ少しでも役に立つ情報を紹介できればと思います。修士課程の受験に関する情報は多くの方が述べていらっしゃるので、初回の本記事では実際の修士課程プログラムの内容や経験を記載しようと思います。

自己紹介

本題に入る前に自己紹介をさせていただきます。地元は福岡県で、趣味はラグビー観戦と旅行です。今まで行った国は30カ国以上ですが、次はどこに行こうかと常に考えています。次の候補地としては、ポーランドやアルバニアなどの東欧周辺を考えています。尊敬する偉人はフローレンス・ナイチンゲールと杉原千畝で、幼い頃にこの2人の影響を受け、医療や人道支援という方向に自然と興味を持つようになりました。余談ですが、ナイチンゲールは夜間にランプを持って負傷兵を献身的に看護する「白衣の天使」として日本でもよく知られていますが、実際の彼女の功績である医療統計学の先駆者として、イギリス軍の戦死者・傷病者に関する統計データを効果的な方法で示し、医療衛生制度の改革に大きく貢献したことはあまり知られていません。(女性として初めて王立統計協会の会員にも選ばれており、彼女の祖国であるイギリスでは、COVID-19パンデミック時に設立された臨時野外病院には彼女の功績にちなんでナイチンゲールの名前が使用されたほどです)学部では看護学を専攻し、在学中にタイ・ネパール・カナダ・アメリカの4カ国の留学プログラムに参加することで、低・中所得国から高所得国まで幅広く医療制度に関することを学びました。その過程の中で、臨床だけでなく集団の視点から人々の健康について考えることの面白さに気付き、将来は国際保健・公衆衛生の道を選ぼうと決心しました。

大学院留学を志した経緯

国内外問わず公衆衛生の道で活躍している方々にお話を聞いていく中で、そのようなキャリアを積むためにはPublic Healthの学位の必要性を感じたため、大学院留学は自然な選択でした。日本で看護師・保健師として5年半ほど働いた後に進学を決めました。公衆衛生学発展の礎となったジョン・スノウやナイチンゲールを輩出したイギリスで学びたいと思い、国も自然とイギリスを選択しました。なぜアメリカではないのかという質問をよく受けますが、最終的には好みというところでしょうか。自分にとって、平等な医療保険制度があること、銃社会ではないことなどの住みやすさの問題が大きかったこと、周辺国へのアクセスの良さなども理由として挙げられます。イギリスにはいくつか公衆衛生に強い大学がありますが、その中でも特に研究力の高いインペリアル・カレッジ・ロンドンを選びました。ちょうど渡英が決まった時にはすでにCOVID-19パンデミックがはじまっており、留学時期の延期も検討したのですが、先が不透明で1年後も状況が良くなる見通しもなかったので、それなら今行こう!と思い2020年に飛び立ちました。気になる方もいらっしゃるかと思うので出願時のGPAとIELTSのスコアと奨学金に関する情報を記します。

-GPA: 3.7/4.0  

-IELTS: Overall 7.5 (R: 7.5 L:8.0 W: 7.0 S: 7.0)

-ロータリーグローバル奨学金を取得

Imperial College Londonの修士課程の実際の内容について

*2020-2021年コホートの内容なので、公式ウェブサイトから最新情報の収集をお願いします。

プログラム名: Mater of Public Health, Global Health Stream 

学費:£35600 内容:1 year full-time、3-semester system、90 credits

クラスメートは約90名程度 (国籍の多様性はかなりある、年齢層比較的若め、3分の1ほどが臨床系、その他理系学部などの多岐にわたるバックグラウンド)       

卒業後の進路:研究職、National Health Service(NHS)やPublic Health England (PHE)などのコンサルタント・データアナリスト、国際機関、産業分野やシンクタンクなどでのコンサルタント等

授業の構成:授業は5つの必修科目と5つの選択科目、さらに修士論文プロジェクトから構成されています。2学期にGlobal Health StreamかHealth Services Streamのどちらかを選択する必要があるが2つのコアモジュールが異なるのみでほとんど差異はありません。

授業の前には、リーディングリストから教科書もしくは論文を読み、授業やディスカッションに臨みます。評価方法は、必須科目は主に筆記試験・ライティングアセスメント・プレゼンテーションから複合的に評価されます。2学期からの選択科目では、ほぼ全ての科目の評価の一部に、グループワークが組み込まれており、チームワークやタイムマネジメントスキルが鍛えられました。修士論文は、自分でトピックを選びたい場合は、1学期の終わりまでに研究計画書を提出する必要があり、それ以外は2学期の途中に提示されるプロジェクトリストの中から 3つを選び、その中から割り当てられます。希望者が多いプロジェクトはCVや志望動機の提出や指導教官との面接を経て選ばれます。ライティングアセスメントは盗作ソフトにかけられ、類似性も見られるためコピペなどはすぐにバレてしまうので注意が必要です。採点者は2名からなり、匿名で評価され、なぜこの評価なのかのフィードバックをもらえます。(他の大学はこのようなシステムがあるかどうかは分かりません)

必須科目

-Principles and Methods of Epidemiology

-Introduction to Statistical Thinking and Data Analysis 

-Research Methods

-Foundations of Public Health Practice

-Health Economics

選択した科目

-Health Systems Development

-Global Health Innovations

-Global Health Challenges and Governance

-Participatory Approaches in Public Health

-Contemporary Topics in International Health Policy

修士論文プロジェクト(30単位を占める)

-Master of Public Health Research Project

プログラムの長所と短所

プログラムの長所は、実用的な授業が多かったことです、卒後も授業で学んだ内容がどれも活かせています。特にImperial College Londonのビジネススクールのプログラムを受講できることも長所の1つです(医療経済学/ 医療政策など)。医療経済学は必須科目となっており、Economic Evaluation(費用対効果分析)を実際に行うグループプロジェクトもありとても実用的でした。例えば、Foundations of Public Health Practiceという科目では、保健大臣や地方自治体長を相手にしたシチュエーションで課題解決型のプロジェクトを実際に提案し、実施計画(予算策定を含む)、評価までをプロポーザルレポートとしてまとめ、更にショートビデオにまとめるというもので非常に実践的なものでした。私の選んだ課題は「COVID-19パンデミックにおける脆弱な人口の行動変容とメンタルヘルス」についてで、様々なフレームワークの活用方法や財政確保のためのエビデンスの使い方などを学ぶことができました。

また、ライティングアセスメントの量がとにかく多く、非ネイティブの私にとっては鬼門でしたが後に、Scientific writingスキルの獲得に非常に役立ちました。また、修士論文プロジェクトでは、WHOやNHSなどと連携したプロジェクトもいくつかあり、それを機にリサーチアシスタントなどのポジションを得た同級生もいました。さらに、これは大学自体というよりは、イギリスで公衆衛生を学んでよかったことの一つになりますが、様々なバックグラウンドを持つ人々が公衆衛生に関する仕事をしていることを知れたことです。日本でも多様化が進んでいるのかも知れませんが、どうしても医療系の臨床バックグラウンドを持った方に偏っている印象がある中で、法律やジャーナリズム、数学、統計、工学などの幅広い学問のバックグラウンドを持った人々に出会いました。複雑な要因が絡み合う問題を扱う公衆衛生学だからこそ、このようなDiversityは大切だと思います。修士論文は、指導教官の熱意にもよりますが出版に取り組む機会があり、大学が出版費用を負担してくれます。私も最終的に出版まで面倒を見てもらいました。

プログラムの短所としては、インペリアルは軍隊式の詰め込み型と揶揄されており、通常あるはずのReading week(Reading List消化のための1週間のお休み)がなく、毎日が非常に忙しく夜中まで予習復習課題に追われていました。(クリスマスや年末年始も課題をしていました)多くのクラスメートもこの点については指摘したので、燃え尽きないように、うまくリフレッシュを挟むことが大事だと思います。また、上記にも述べたように2学期にGlobal Health StreamもしくはHealth Services Streamを選択しますが、Global Healthについては浅く広い内容なのでがっつりGlobal Healthをやりたい方には不向きかもしれません。さらに、2学期が終わるとすぐに修士論文プロジェクトが始まります(5月から9月まで)、Quantitative/ Qualitative/ Systematic reviewのいずれかから選択する形です。この期間は本当に大変で、最後の方の記憶がほとんどありません。

留学中の困難

数え切れないほどあります(笑)コースの初めにあったFormative essay(成績には含まれない)があったのですが、ネイティブの同級生たちもとんでもなく低い点数をつけられて、クラス全体が落ち込んでいたことを今でも覚えています。特に非ネイティブの私は、殊更に悪い点数でこんな点数を実際のアセスメントでつけられたら卒業できないんじゃないかと不安になって号泣しながら、プログラムのコースディレクターに面談をしてもらいました。当時のインペリアルのコースディレクターたちは多国籍から成っており、その分非ネイティブへの支援も手厚かったように思います。そのコースディレクターの方から教えていただいたアカデミックライティングに関するコツは有用なものばかりで、それを機にライティングの課題が得意になりました。このように困った時には積極的に教えを乞うという行動は大事なことだと学びましたし、進路に関する相談など熱心にのってくださりました。また日々の授業の中でのグループワークディスカッションにも慣れるのに時間がかかりました。特に1学期のとある授業の終わりにプレゼンテーションをしないといけなかったのですが、周りの生徒が即興でユーモアも交えながら上手にプレゼンをする中で自分はこんなことできない!と引っ込み思案になっていた時期がありました。そんな中、仲の良かった同級生に「Ayaka、今回やってみたら?」と言われて自信のなさからNoと言ってしまい、ここで挑戦しないと上手くならないよと至極真っ当な厳しいことを言われ、挑戦しなかった自分の不甲斐なさに落ち込みました。そのことをバネに、2学期以降はすすんでやるように心がけました。同級生たちに何度も練習に付き合ってもらい、結果として修士論文プロジェクトの最後のVivaでは高得点を取る事ができ、新入生向けの研究発表会に呼んでもらうことができました。初めはもの凄く恥ずかしかったのですが、数を重ねていくと慣れていくものです。きっと留学されたことのある日本人の方の多くが通った道だと思うので、留学の初めの方に落ち込む事があってもよくあることなので大丈夫だということを伝えたいです。もし、あまりに落ち込む気持ちが続くなどの心身の不調を感じる場合は、ほとんどの大学がカウンセリングのサポートを提供しているはずなので、そのような支援を使うことをお勧めします。

進路について

私は長期的な大まかな目標はあるものの、1年後何をするかなどをかっちり決めつけてしまうのが苦手なところがあります。目の前のことを精一杯やってそこで縁があったことをやるという方が性に合っているタイプの人間です。なので、修士を始めたころは、卒後の進路はあまり考えておらず、イギリスで就職できたらいいなぁくらいの感覚でした。修士論文提出後は、もう二度と研究なんてやりたくない!と解放された嬉しさと疲労が混じる不思議な涙を流しながら同級生と祝ったのですが、完全燃焼した精神を癒しにポルトガルに行った後に冷静になると、自然ともう少し研究してみたいかもという気持ちが芽生えてきました。人間の心理は不思議なものですね。修士論文プロジェクトを通じて指導教官たちとトピックに恵まれたからでしょう。もともと非感染性疾患(NCDs)の軽減と予防や健康格差に興味があったので、修士論文で取り組んだ喫煙負荷に関する研究は今までの自分のバックグラウンドにピッタリ当てはまるように感じました。それまでは自分の専門分野が中々決められず悩む日々が続いていたのですが、指導教官たちのおかげで情熱を持って取り組んでいけそうな分野を見つけることができ、博士課程への進学を後押ししてくれました。とはいえ、国際留学生が海外の博士課程のポジションを獲得するのは容易ではなく、こちらの準備をしながら、イギリスでの就職活動も同時に行なっていました。イギリスの就職活動は日本と比べると(分野にもよると思いますが)、よりJob Descriptionが詳細に記載されており、GeneralistよりもSpecialistを求められていたように感じます。某イギリス企業の就職活動では、実技試験も含め6次試験くらいまでありましたが最終で落とされました。イギリス人の同級生も就職が決まるのに半年以上かかったと聞いたので、ロンドンでの就職活動は厳しいものなのだと痛感しました。複数の選択肢を残すためにも、色々な方面からチャレンジするというのは良いことだと思います。ドクター進学に関する情報は別の記事に掲載する予定ですのでそちらをご覧ください。

まとめ

新型コロナの影響もあって、通常とは異なる形態の中で不安なことも多くありましたが、個人的にはそれでもやはり渡英して実際にクラスメートに会う機会があって良かったと思っています。同じ志を持って、大変なプログラムを一緒に乗り越えたという経験はお互いの絆を強固なものにしましたし、今でもいい関係が築けています。さらに実際に、インペリアルの先生たちの研究が政策に反映されていく過程を見ることができ、英国の国民皆保険制度(NHS)がどう作用しているのかなど、公衆衛生危機に立ち向かう様子を肌で感じることができたのも収穫の一つでした。一つお伝えしたいのは、周囲の意見にあまり振り回されずに自分のやりたいことに集中することです。私が大学院留学の準備をしていた頃、多くの方々が応援してくれた一方で、ネガティブな言葉も沢山投げかけられました。幸い、家族や近しい友人たちが理解を示してくれていたので特に落ち込むこともありませんでしたが、このようなことを体験したことがある海外留学経験のある方は私だけではないのではないでしょうか。私の好きな言葉に “Change is the only constant in life”という言葉があります。これは「この世で変化しないものはない」という意味です。新しい旅路に不安を抱えることは自然なことですが、えいっとやってしまうと自分では想像もしなかった新しい素敵な景色に辿り着くことがあります。

以上となりますが、私にとってのロンドン生活が豊かなものであったように、これから海外留学を目指していらっしゃる方々の旅路が豊かなものになることを願っています☺︎︎

*IELTSのスコアメイキングや奨学金に関する情報は他の方の記事でよく説明されていたので今回は詳細を省きましたが、もしご質問などがある場合はこちらに連絡をいただけると幸いです。ateshima@idibell.cat

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